MAY 26, 2017

サウンドチームによる「音楽のつくりかた」vol.1

クリーチャーズには、数々のゲームやアプリ、WEBコンテンツでサウンド制作をおこなってきたサウンドチームがいます。そんな音のプロがお送りする”使える”サウンド講習。ゲームサウンド作りのコツやクリーチャーズ流のノウハウをご紹介します!

クリーチャーズのサウンドチーム

はじめまして。クリーチャーズのゲーム開発部でサウンドクリエイターをしている橘田と申します。私は普段クリーチャーズが制作する家庭用ゲームやデジタルコンテンツなどのサウンドを作っています。「サウンドを作る」と言っても私たちが作るのは歌手が歌うような歌ものの音楽ではなく、いわゆるゲームミュージックをはじめとするデジタルコンテンツのBGM、SEがメインです。

初回となる今回は、私もサウンド制作で参加したWEB絵本『イワンコと おんなのこ』のBGMについて、作ったときの工夫などを含めてお話をしようと思います。これは「ポケモンだいすきクラブ」というサイトで公開されているWEB絵本です。
少しでもBGM作りで悩んでいることがある人のお役に立つことできればと思います。

ポケモンだいすきえほん『イワンコと おんなのこ』

BGM作りの前提

では実際に私たちがサウンドを作るときにどのような点を気にしているかをお話ししていきましょう。そもそもBGMは単体では完成しません。歌ものの音楽が歌と伴奏で完成するように、BGMはそこに乗っかるセリフやそれが流れる際に発生するイベントと組み合わさって初めて完成形となります。制作の間は常にBGMと組み合わさる他の要素を意識し、それらの邪魔をしないようにしながらも間が空きすぎないように考える必要があります。

またBGMを最大限活かすためには、作ったBGMがどのような環境で視聴されるか考えるのも重要です。たとえば携帯ゲーム機はスピーカーのサイズが小さいため、低音が聞こえにくく高音が通りやすいという特徴があります。そういう場合は低音を強めたり、高音を抑えることを意識します。

これはゲーム会社ならではですが、他の視聴環境であってもそれぞれに合った工夫が必要となります。

スマートフォン→携帯ゲーム機と同様の性質なので、低音を強く高音を抑えめにします。
PC(本体のスピーカー)→モノラルに近い状態ですので、ステレオ感の強い音は控えめにします。
イヤホン使用→小さな音でも良く聞こえるので、後で効果音等に埋もれてしまわないよう気をつけます。

これは今回の絵本に限らないBGM全体としての前提です。BGMを制作する際にはこういう情報を常に頭の片隅に置きながら作っていきます。自分が作る音がスマホアプリ用なのか動画共有サイト用なのかなど、どういう形で聴かれるか想定しながら作業すると、ユーザーの聴きやすいBGMを作ることができると考えています。

音全体のイメージを作る

それでは今回のテーマとなる絵本のBGMの話をしていきましょう。今回は以前から継続している「ポケモンだいすきえほん」というシリーズ作品の新作、という話からのスタートでした。なお、今回サウンドを作るにあたって事前にもらった情報や素材はこのような感じです。

  • コンテンツの対象は未就学児
  • 原稿、ラフイラスト、ナレーションボイスの素材
  • 重視したい雰囲気は「ひとりぼっちだった女の子がイワンコというポケモンの頑張りで周りと打ち解けていくまでの流れ」
  • 舞台は軽井沢のようなさわやかな高原のイメージ
  • 「素朴」「ピュア」「のどか」「柔らかい」「やさしい」という作品をイメージしたキーワード

これらを使ってサウンド全体のイメージを作ります。今回は「素朴」「ピュア」というキーワードがあったので、木管楽器を想定して作り始めました。これらのキーワードから私は『自然』をイメージしましたが、木管楽器は音色が柔らかくて癖がないので、こういうイメージを出すのに使いやすいです。参考までに、他にもこのようなイメージや用途で楽器を使い分けることができます。

金管楽器→明るく煌びやかな音色で、勇壮な音楽には最適です。
弦楽器→繊細でありながら激しい表現にも対応でき、応用範囲が広い音色です。
打楽器→種類が多く、盛り上がりのアクセントやリズムを刻むほかに、繊細な表現もできる多彩な楽器群です。
鍵盤楽器→ピアノやオルガン等、音域が広く奏法の自由度も高いので、様々な場面で活躍します。

メロディも重要ですが音色で感じる印象も非常に大きいので、ある程度カギになるイメージが固まっているようであれば、音色からアプローチすることもできます。

今回は音色選びの取っ掛かりとしてキーワードを使いましたが、全体の流れを作るにあたっては個別の情報というより総合したときに浮かび上がってくるイメージこそがディレクターが表現したいことなので、自分なりにそれを想像し、それに合った音楽を作るよう心掛けました。また、今回のようなシリーズものは変わらないことの安心感を大切にしつつ、マンネリにならないようにバランスを取ることが重要だと考えています。

いざ制作

私の場合は、まず中心になる部分のメロディとコードを作ることから始めます。今回は「ポケモンだいすきえほん」という継続コンテンツだったので、これまでシリーズ全体を通して作られた柔らかい質感を損なわないように鋭い音色や刺激的な組み合わせは避け、ずっと聴いていても疲れないように注意しました。

特定の楽器を想定している場合はその楽器を使いますが、基本的にはピアノの音色を使ってパソコン上で概要を作ります。それを元に楽器を差し替えたり、アレンジしていきます。今回は曲の冒頭部分を例に、どういうことを考えながら組み立てていったかをご説明しましょう。

1.ピアノの音色を使い、大体のメロディとコードで概要を作成

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      No.1_メロディ_コード

大枠は長三和音のみで構成しました。短三和音を使うと少し悲しい響きが出てしまいますが、今回は明るい感じを出したかったからです。ポイントは後半の転調です。主調から属調になるのですが、これは古典的な音楽で見られる手法です。クラシカルな響きを出すことができます。絵本のイラストにある一軒家を見たときに受けた印象にインスピレーションを受けてこのような進行にしました。

2.メロディをもう少し作り込み、コードを手直し

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      No.2_作り込み

概要から動きを出すために音に切れ目を入れたり、メロディに合わせてコード進行を細かく揃えたりしました。コードが飛んでしまうと急な変化に聞こえてしまうので、それを和らげるために近い音を使って、自然に聞こえるよう手直しをしていきます。

3.メロディをフルート(オレンジ)に差し換え、それに合わせて伴奏も作成

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      No.3_メロディ差し替え

メロディラインをそのままフルートに差し替えました。そして短くした方が表情を出せると感じた音をスタッカートに変更しました。こうすることでメロディの印象が軽やかになるので、作品の雰囲気ともマッチします。それに合わせて伴奏も短くし、隙間を作りました。曲に無音部分があることによってナレーションが聴きやすくなったり、聴き続けても疲れにくくなります。

4.伴奏をオーボエ(黄)クラリネット(青)ファゴット(紫)に差し替え、トライアングル(青緑)を追加して1回目のテーマが完成。

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      No.4_全楽器差し替え

無音部分には先に挙げたようなメリットがある反面、気をつけなければいけないこともあります。無音部分が多いと聴いていて少し不安になる可能性があるので、それを緩和するために合いの手としてトライアングルを使います。トライアングルならば小さい音でもよく響き、強い音ではないので主張しすぎることもありません。
伴奏の音色はフルートと自然に組み合わさるオーソドックスなものを選びました。

5.テーマを2回繰り返し、2回目をハープ(緑)とマリンバ(赤)で華やかにして完成

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      No.5_ハープ_マリンバ追加

メロディが変化し過ぎると、安定感がなくなって曲のテーマがわかりづらくなります。繰り返しをすることで安定感を出しました。フレーズが耳に残りやすくなるので、覚えてもらいたい部分で使うのも有効です。
ただし、全く同じにするとくどくなるため、若干のアレンジが必要となります。今回はハープとマリンバで華やかさを加えています。
これが完成品として絵本のBGMに使用されているものです。

今回は骨組みを組んでから徐々に肉付けしていき、その都度調整を加えていきました。この作り方のメリットは早く形にすることができること、イメージを広げやすいことです。実際に音を聴きながら作ることで、アレンジも同時に行えます。デメリットは、構想段階から音にしてしまうことで、最初のアイディアに縛られやすいことです。

アレンジで苦労したポイント

今回作った中で苦労したのはこの部分です。

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      エンディング_NG

曲の後半にある、キャラクターのひとりぼっちな不安感を表現した部分なのです。暗かったり怖いわけではないけれど、かといって明るく楽しいわけでもない微妙な心の揺れのようなものを表現しようと試みました。人によって聞いた印象が異なり、初回に提出した上のメロディだと「ホラーチックな怖い印象がある」という意見があったので以下のように変更しました。

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      エンディング_OK

修正前はメロディが『半音』で進行していました。これは「不安・怖い」という印象を与えやすい音程です。これを『全音』を中心に変更しました。これは安定感のある音程なので、似たような音の運びにしても「不思議」くらいの印象に抑えることができます。未就学児向けということもあり、あまり恐怖感を与えたくないという話もあったので、こういった形に落ち着きました。


いかがでしたでしょうか。掲げたテーマを軸に、自分の知っている音楽理論や音色の特徴、音楽を聴く環境など、様々な角度の知識を組み合わせてトライ&エラーを繰り返すことで良いBGMができあがっていきます。この連載が少しでもその知識の引き出しを増やす助けになれば幸いです。

今後もクリーチャーズ流のサウンド情報をお届けしていくのでお楽しみに!

今回使った音源

EASTWEST社:Symphonic Orchestra Platinum
上品で深みのある音色は、主張せずに優しく包み込んでくれます。音色ごとに3種類の鳴り方を組み合わせられるので、イメージに応じた響きを素早く作りたいときに便利な音源です。

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