名探偵ピカチュウの表情作り

SEPTEMBER 5, 2018

名探偵ピカチュウの表情作り【第1回】「おっさんのピカチュウ」を作る

この記事では、ニンテンドー3DSソフト シネマチックアドベンチャー「名探偵ピカチュウ」開発における、表情作りの技術と研究過程についてご紹介します。
制作には「Autodesk Maya」を使用しています。

藤田英徳(ふじた ひでのり)

株式会社クリーチャーズ ポケモンCGスタジオ
モデリングチーム/シニアアーティスト

「名探偵ピカチュウ」で、キャラクターモデル作成と
フェイシャルリグ全般を担当。

藤田英徳(ふじた ひでのり)

「今までにないピカチュウ」をめざした結果、
「おっさんのピカチュウ」に

そもそもなぜ、ピカチュウを「おっさん」にしたのか。「名探偵ピカチュウ」プロジェクトでは、「今までにないピカチュウを表現しよう!」ということが最重要課題でした。そこから挑戦が始まり、紆余曲折を経て、「おっさんのピカチュウと共に事件を解決していく“名探偵ピカチュウ”」というゲームになったのです。

おっさんピカチュウ(Sample)

今までのかわいいピカチュウが、おっさんのピカチュウへと変貌を遂げた。

「おっさんのピカチュウ」を表現するにあたっては、主に次の2点で「今までのかわいいピカチュウ」と差別化しています。

  • ピカチュウを親父声でしゃべらせる。
  • フェイシャルキャプチャーや、モーションキャプチャーを使って、多彩な表情や動きをつける。

帽子をかぶっているという見た目の違いもありますが、たとえ帽子をかぶらなくても「おっさんのピカチュウ」であることに変わりはありません。外見ではなく、“声・ポーズ・表情・動き”がおっさんだからです。

ピカチュウ帽子有り・無し(Sample)

帽子をかぶっただけでは「おっさんのピカチュウ」にはならない。
写真上段:帽子をかぶっても、いつものかわいいピカチュウ
写真下段:帽子をかぶらなくても、人間っぽく見えるピカチュウ

おっさんピカチュウ

声だけでなく、動きや表情でキャラクターの違いが出る。

声はもちろんですが、“ポーズ・表情・動き”も、おっさんらしさを表現するには欠かすことのできない要素です。そこで、現実のおっさんの動きや表情をそのままピカチュウに移し替えるための技術として、「パフォーマンスキャプチャー」の採用が検討されました。

パフォーマンスキャプチャーとは、体の動きを収録できる「モーションキャプチャー」と、表情を収録できる「フェイシャルキャプチャー」を同時に行える技術であり、予算の大きな映画やゲームではお馴染みです。

しかし我々にはお馴染みではなく、パフォーマンスキャプチャーはおろか、モーションキャプチャーとフェイシャルキャプチャーのどちらも、初めての経験でした。そこでまず、パフォーマンスキャプチャーを行う前に、モーションキャプチャーとフェイシャルキャプチャーをそれぞれ個別に検証するところから始めました。

表情筋を基準に動かすフェイシャルキャプチャー

フェイシャルキャプチャーには2タイプあります。マーカーを特徴点として移動量を求める「マーカータイプ」と、映像から特徴点を抽出して移動量を求める「マーカーレスタイプ」です。前者はマーカーを付けるのがめんどくさそうなので、お手軽な後者のマーカーレスタイプを選びました。

マーカーレス

マーカーレスタイプは映像から眉、目、口等の特徴点を抽出しているので、顔にマーカーを付けなくてもいい。これなら気軽に自分の顔でも試せる。

フェイシャルキャプチャーは、「faceshift studio*」というソフトウェアを導入しました。映像から特徴点を抽出し、表情に沿って移動する特徴点の動きを筋肉の運動に数値化することで、人の表情をピカチュウへ移すことができます。

*「faceshift」及び「faceshift studio」は2015年にAppleに買収されたため、フェイシャルキャプチャーをやるには、別のソフトを検討する必要があります。本稿では、ゲームの制作過程を楽しんでもらえれば嬉しいです。

表情を数値化

写真左:人の表情
写真中央:表情筋の動き(個々の筋肉を数値化)
写真左:ピカチュウの顔

モーションキャプチャーは、骨格の動きを関節の角度として数値化することで、人からキャラへ骨格の動きを移すことができる仕組みです。表情も同じように、人の大頬骨筋が50%動いたときにピカチュウの大頬骨筋も50%動く、という具合に、筋肉の動きを数値化することで表情を移すことができます。

Sample

人の大頬骨筋が動いたときにピカチュウの大頬骨筋が動くように、個々の筋肉を対応させれば人の表情をピカチュウの表情へ移せるぞ! 理論上は。

そして、表情筋の動きを数値化して移し変えるということは、人にある表情筋のすべてをピカチュウで再現するということでもあります。

とりあえずピカチュウの表情筋を作ってみる

調べてみても、ポケモンを表情筋で動かすコツなんてものはありそうもない。誰もやったことがないなら、実際にやってみるしかないっしょ!と意気込むも、何をどう作るのかサッパリ分からない。あっ、そうだ! ポケモンを表情筋で動かすコツはないが、人の表情を表情筋で動かすデータなら「faceshift studio」のサンプルデータがあるじゃないか。まずは、このサンプルデータを見ながらコツをつかんでいくことにしました。

表情筋のサンプルデータ

78個もの表情筋の動きがあるサンプルデータは大変役立つ。個々の動きを確認しつつ、ピカチュウでも同じ動きができるように再現する。

個々の表情筋はブレンドシェイプで作成されている。まずはコレをピカチュウで再現すればいいわけだ。表情筋は78個か……。

ピカチュウのブレンドシェイプ

ブレンドシェイプは、ターゲットモデルを用いてベースモデルを変形させる。

ピカチュウのブレンドモデル2

複数のターゲットモデルを組み合わせることで、ベースモデルをいろいろな形へと変化させることができる。

ブレンドシェイプのモデルを作る

ターゲットモデルを作るため、解剖図を参考に、鏡を見ながらひたすら自分の表情筋の動きを確認します。顔は自分が思っている以上に様々な動き方をするので、実物を見ないで作ると、細かい動きを見落としてしまいます。たとえば、自然に口を開く顎の動き。実際に鏡で確認してみると色々と特徴がありました。

  • 口は丸く開かない。上下は丸く、左右の口角には角がある。
  • 顎の骨は回転している。(顎は真下に下がらない。)
  • 顎の骨の開き方は2段階に分かれている。(15度以上は、顎の骨が前方にスライドする。)
  • 顎の骨に付着した筋肉は、ある程度形状を保ったまま動く。(骨があるのでグニャグニャ変形しない。)
  • 骨に付着していない部分の筋肉は変形しやすい。
  • 頬が凹む。(筋肉が引っ張られて伸びる。上下の歯の間に空間ができる。)
  • 口角の位置が元の位置より下がり、少し内側に寄る。
  • 上唇が引き上げられる。
  • 顎の下の脂肪の量に意識がいく。
  • 小鼻も下に少し引っ張られる。
  • こめかみも動くし、下瞼も少し動いている。

鏡で見ただけでも、これだけの特徴を確認できました。アナトミー(解剖学)を知らずに作れるのだろうか? さらに……

  • 顎を動かすのは、こめかみから側頭部にかけてある側頭筋と、頬骨弓から下顎に繋がる咬筋である。
  • アントニオ猪木の物まねをしてみよう。顎が前に移動しただろうか。関節は回転以外に前へも移動できるのだ。
  • 下顎を左右に動かしてみよう。今度は、左右の関節の片側だけが前に動いただろうか。
     --下顎片方が回転軸になり、もう片方は前にスライドする事で左右へ動いているように見えている。
     --下顎の骨は一つだが、回転軸は頭の中心ではなく左右の2箇所に存在しているのだ。

全部を再現する必要はまったくないが、知らずに見過ごしていたら、見落としになる。実際には、こめかみの動きは優先度が低かったので再現していないし、下顎の骨の回転軸も忠実に再現する必要はなかったので、中央に配置している。下顎の2段階の動きは、ティムではリグで再現したが、ティム以外ではやっていない。違いも分からなかったと思う。

実際に骨格を作ってみよう

一気に専門的な内容になりましたが、とりあえず48個の顔ができました。78→48個へ減ったのは、CPU負荷の関係で78個をフルスペックで実装するのが難しかったためです。それでも多く見えるかもしれませんが、減らし過ぎると筋肉が動かない硬い印象の表情になってしまいます。

48種類の表情筋

もともとゲーム用公式3Dモデルで作られていた表情は8パターン。今回は48パターンと各段に増えたので、より多彩な表情が期待できる。

これで表情パターンの準備はできました。次はいよいよ、顔を実際に動かします!


©2018 Pokémon. ©1995-2018 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの登録商標です。

PAGE TOP