OCTOBER 30, 2015

クリエイティブディレクター 松岡洋史 パーソナルインタビュー(後編)

絶えず水のように柔軟でいたいんです(笑)

前編:ディレクターだけど、仕事を終わらせたくなかった
後編:絶えず水のように柔軟でいたいんです(笑)

「先が見えてしまった」と任天堂を退職。2003年にクリーチャーズへ入社後も、その独自のデザインセンスとディレクションを駆使して、「のののパズルちゃいリアン」「ポケモンレンジャー バトナージ」といった、数々の作品を世に送り出してきた。

松岡洋史のこれまで、そして、松岡洋史の考える「ゲームの未来」について語ってもらった。


発展途上の会社に、チームを作る

—任天堂を退社後、2003年にクリーチャーズに入社してからは、NHKみんなのうた「とのさまガエル」を制作した際のサイト上でのフラッシュゲーム※注3(04年)のゲームデザイン、iモードの携帯サイト内のゲーム「うぐいす鳴いてる」※注4(05年)のアドバイザーを始め、「のののパズルちゃいリアン」※注5(05年 GBA=ゲームボーイアドバンス)のアドバイザーを担当されています。入社当初は、どのようなスタンスで業務にたずさわっていたのでしょうか?

※注3 「とのさまガエル」

漫画家・しりあがり寿の墨絵で描かれたキャラクターをクリーチャーズがアニメーション化。楽曲の語りを俳優・石坂浩二が、作曲と歌を田中宏和が担当した。

※注4 「うぐいす鳴いてる」

携帯ゲームサイト「@バカゲー!」内で発表された携帯ゲームアプリ。ジワジワくるホノボノとした世界観、シンプルなコンセプト、優れた操作性といった、その絶妙なゲームバランスでユーザーから高い評価を受けた。

※注5 「のののパズルちゃいリアン」

ゲームボーイアドバンス用に開発された、パネルを“の”の字に回して遊ぶ、アクションパズルゲーム。01年に発売された「ちっちゃいエイリアン」のキャラクターが登場し、その妙に耳に残るCMソングも一部で話題となった。

松岡:クリーチャーズは、トレーディングカードゲームである「ポケモンカードゲーム」※注6の企画・開発や、デジタルゲームの開発を行っていました。まだ当時は若い会社でもあったので、デジタルゲーム開発における人材は、まだまだ発展途上の印象がありましたね。

それこそ新卒で入った当時の任天堂と一緒で、チーム一丸となって、みんなで力を合わせて、一歩ずつ階段を上がっていくしかなかった。目の前にゲームの仕事があったら、まずはそれを作るためのチームを固めて、それぞれにディレクターを立てて、その全体を見守るという、その繰り返しでしたね。

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※注6「ポケモンカードゲーム」

ゲームソフト「ポケットモンスター」シリーズの世界観をベースとしたトレーディングカードゲーム。日本のトレーディングカードゲームとしては一番歴史が長く、2015年現在では9ヵ国語に翻訳され、世界約74ヵ国で販売されるという実績を誇る。


ゲームの概念にとらわれない多様性のあるコンテンツを

—現在の松岡さんの肩書きはクリエイティブディレクターとなっていますが、それこそたずさわるコンテンツは、ゲームに限られたものではなくなっていますよね?

松岡: 一口にゲームといってもさまざまで、ポケモンカードゲームにしても、あるいはWii Fitにしても、それこそスマートフォンのゲームアプリにしても、形態もシステムもまったく異なっていますよね。そのような多様性のなかで、ゲームという概念に縛られずに、クリエイティブなものを作っていけたらいいと思っています。

昔のように、ひとりの名のあるゲームクリエイターが作ったゲームが話題になるという時代でもないし、そもそもインターネットが普及し、プログラム環境がここまで身近になったおかげで、誰でも気軽にゲームやコンテンツが作れますからね。しかもそのほうが面白かったりする。

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—もともとコンシューマーやユーザーである、プロではない、いわゆるハイアマチュア的な人たちですよね?

松岡: そう。しかもそんな人たちが世界中にいる。いまやゲーム自体が無料になっていて、それこそ街中で配られているティッシュみたいなもので、そこにどんなキャラクターが描かれているかで、手にとってもらえるかどうかが判断されてしまう状況でもある。

ただ基本は変わっていなくて、それが面白ければ、ちゃんと受け入れられるんです。面白さという根源的な部分で、プロとアマチュアの違いを見せなければ、僕らが作る意味はないですよね。

—過去を振り返ってみても、アーケード、コンシューマー、ソーシャルと、プラットフォーム技術の発展と共に、ゲームの形態は変化を遂げています。ある意味、新しいものが古いものをが駆逐する形でもありますが、そのような時代の変化はどうとらえていますか?

松岡: どのプラットフォームにもコアユーザーは存在します。ただそこのニーズを満たすには、どうしてもお金と時間とコストが必要になってくる。

それこそ今の時代は、アプリのような気軽に遊べるものが求められますが、すぐに飽きられて捨てられてしまう運命でもあるんですね。いかにランキングの上位に持ってくるかという、マーケティングのほうが重要視されて、より高額な広告を打つなどして、そこに時間とお金をかけなければならない。

だからこそ、ゲームとしての面白さを追求すると同時に、やっぱり人がほしがるもの、あるいは役に立つものを作るという、基本的なことが大事なのかなと思いますね。

例えは古いですが、過去に大ヒットした「脳を鍛える大人のDSトレーニング」のような、ホンマに役に立つものを作ることができれば、これまでゲームには興味のなかったお年寄りが、こぞって購入してくれるわけですから。

—ユーザーの潜在的な欲望を満たすものが受け入れられると?

松岡: そうですね。ただ、何かの役に立つのと同時に、人に感動を与えるものこそが大事だとも思っているんです。ゲームは芸術だと言いましたが、感動を与えないと人の心は動かないし。人の行動をうながすのは感情ですからね。

結局、ゲームも芸術も、世の中にあってもなくてもええものじゃないですか? ずっと昔から山内社長※注7は、“自分たちがやっていることは、一番最初に切られるもんやから、明日はないもんと思え”と言っていましたが、逆説的には、やっぱり生きていく上で必要なものでもあるんですよ。

常に相手のことを考えながらも、そこに自分の思いを込めたものを作る。なんでもそうですけど、お金をいただくものを作るなら、そこは常に自覚しなければならないですよね。

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※注7 山内溥(やまうちひろし)

1949年から2002年まで任天堂株式会社の取締役社長を務める。「ゲーム&ウォッチ」や「ファミリーコンピュータ」などの家庭用デジタルゲーム機の大ヒットで、任天堂を世界的大企業に成長させた。

—コンシューマー及びアーケードゲームの需要は減少する一方ですが、それと同時に、SNSなどの情報インフラの発達によって、高田馬場のゲームセンター「ミカド」※注8のように、定期的にユーザーを対象とした大会などを開催することで、新たな集客に成功している例も見受けられます。このような新たな動きをどう思いますか?

※注8

東京・高田馬場にあるゲームセンター。過去の有名タイトルのアーケードゲーム機を多数取りそろえ、格闘ゲーム界で名をはせる有名プレイヤーを招聘した大会などを積極的に開催。それらの大会を始めとする各イベントや、ゲームの攻略法などを解説及び実演した、オンライン上での動画配信も人気。

松岡: やっぱりオンラインではわからない、あるいは伝わらないものに惹かれるんでしょうね。それこそ一周回っている印象もあります。デザインにしても、昔のドットを新鮮に感じる若い人もいるわけですからね。

ただモノを作る上では、そういった流行りの先にあるものを常に見なければならない。それこそ逆張りではないですけど、時流とは別の視点を持つ必要があると思っています。


常に違う目線を持って、人と違うものを作りたい

—話は遡りますが、そういった意味では「メイドインワリオ」(03年 GBA=ゲームボーイアドバンス)は、ゲームコンセプト自体が、当時のゲームソフトの主流とはまったく異なるものでしたね。

松岡: 当時隆盛だったグラフィックなどに凝ったゲームとは逆のコンセプトで、気軽に遊べるシャレのきいたミニゲームを繋げていくというゲームデザインでしたからね。あの時代はゲーム自体の内容もグラフィックも膨大な大きさになりつつあって、会社としても“もっと単純で面白くて早く作れるものはないか”っていう提案もあったので。

今でも常に違う目線を持って、人と違うものを作りたいって気持ちはありますね。やっぱり変人なんでしょうね(笑)

—岡本太郎さんやブルース・リーが好きっていうのも、“人と違う”ということに繋がってくるのでしょうか(笑)

松岡: 岡本さんの“迷ったときに現れる危険な道こそが、本当に自分の行きたい道だ”という旨の言葉には影響を受けていますね(笑)。ブルース・リーの名言として知られている、“考えるな、感じろ”も好きです。変に考え込むとおかしくなるので、人と違うものを探りつつ、自分でソレや! と思ったら、そうしたらいいと思ってます。アカンかったら、またそこで考えたらいいんですからね(笑)

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—では、ゲーム業界を志す若い人たちを前にしたとして、どのようなアドバイスをされますか?

松岡: 極端に言えばゲームをせんでええってことですね(笑)。僕自身、家ではゲームをしませんから。もちろん新しいアプリを大量にダウンロードしたり、常になんらかの形で新しいコンテンツに触れるようにはしてはいます。高校生の次女がPixivに絵を投稿しているのを見て、“今学校で何か流行ってるんや?”などとしつこく話しかけたりはしますね(笑)

やっぱり、いろんな人と話をしたり、いろんなところに行って、いろんなものを見て、なんらかの感動を覚えるのが大事なんじゃないかなと。

だからこそ、あまり考えずに行動したほうがいいと思いますね。ふと北海道行きたくなったら、可能だったら明日にでも行った方がいいと思うし、行きの旅費しかなかったら、帰りはヒッチハイクして帰ってくればええやんっていう。そんな自分でも想定していなかったところに、意外と宝物が埋まっていたりするもんですからね。

—では最後にご自身の今後のビジョンをお願いします。

松岡:やっぱり若い人には頑張ってほしいですが、本音を言えば、これからは高齢化社会ということもあって、自分のようなベテランにも、もっと表舞台や現場に出てきてほしいですね。それこそ上の世代のほうが、時間的にも経済的にも余裕があるでしょうし。

イチからパソコンの使い方を教えて、一緒にチームを組んでアイデアを出しながら作ったら、とんでもないものができそうな気もしますね。スマートフォンを触っているお年寄りを見ると、やっぱり世代を問わず、常に新しいことに関心がある層はいるはずなんです。過去の例にとらわれず、いろんなことにトライしていったほうがいいし、そこに新しい可能性があるはずですから。

あとは身体を大事にしたいと思っています。身体がしっかりしてないと、新しいアイデアも浮かんでこないですからね。僕は散歩と水泳が趣味なのですが、いつも何時間もその辺を歩き回りながら、何かを考えてます。水泳にしても、それこそブルース・リーの名言で、“水になれ”っていう言葉がありますが、絶えず水のように自分の在り方を変えながら、何事にも柔軟でありたいと思っているんです(笑)

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インタビュー:助川貴

松岡洋史(まつおかひろふみ)

1961年6月25日生まれ。兵庫県神戸市出身。任天堂株式会社の製造本部開発第一部(現・企画開発部)を経て、現在は株式会社クリーチャーズの開発3部クリエイティブデザインチームに所属。任天堂時代に「マリオペイント」「マリオアーティスト」シリーズ、「メイドインワリオ」などを手がける。クリーチャーズにおいては、「のののパズルちゃいリアン」「ポケモンレンジャー バトナージ」のほか、ゲーム以外のコンテンツ制作に多数たずさわる。プライベートでは散歩と水泳が趣味で、2児の父親でもある。

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