常日頃から電車の車内や街中の雑踏の音に耳を傾けてしまうんです
株式会社クリーチャーズに所属する各スタッフをインタビューする「パーソナルインタビュー」。第2回となる今回は、開発3部サウンドチームで「サウンドデザイナー」として活躍する伊藤歩をフィーチャー。
そもそもサウンドデザインとはどんな仕事なのか? さらにゲーム制作全体における、その役割とはいかなるものなのか?
自身のキャリアから、ゲーム演出におけるサウンドデザインの重要性、さらには「サウンドデザイナー」という仕事の持つ本質について語ってもらった。
前編:サウンドデザインとはゲームにおける音全体を設計すること
後編:全体を俯瞰する能力も大事だけれど、それも個性があってこそ
サウンドデザインとはゲームにおける音全体を設計すること
—まず最初にザックリとですが、「サウンドデザイナー」とはどんなお仕事なのでしょう?
伊藤: あくまでクリーチャーズで僕が担っている業務に関してですが、名前の通り、ゲームにおけるサウンド全体を設計することです。サウンドクリエイターが、依頼を受けて音を作っていく役割だとしたら、サウンドデザイナーはその前段階、そもそもゲームのどこにどんな音を入れていくのか、曲や効果音を含めたサウンド全体をデザインするというとらえ方をしていただければ、大体合っていると思います。
—そもそも何故「サウンドデザイナー」になることを志したのですか?
ありきたりではありますが、小さい頃から音楽を聴くのが好きだったので、その“音”を使って何か“モノ”を作りたいという欲求が、自分の根底にあったんだと思います。
この仕事に就く前は、音楽関係の短大の音楽情報学科に通っていました。そこでレコーディングの技法をはじめ、コンピューターミュージックから舞台機構(※注1)といった、音響に関する様々なジャンルを2年間学ばせてもらったのですが、なかでも特に、単純に曲を作ったり、その作った音を映像に合わせたりという授業が一番楽しかったので、それができる業界を目指しました。
※注1 舞台機構
劇場やホールなどの設置されている舞台演出用の器具類。
—子供のころから音楽を聴くのが好きだったとのことですが、いつから自分で曲を作るようになったのでしょうか?
伊藤: 小学生や中学生の頃は純粋なリスナーでした。ただ高校生になったときに、シンセサイザーを買った友人がいて、それをいじらせてもらったことがありました。普通のピアノと違って、鍵盤を押せばそこからいろんな音が出るばかりか、リズムも鳴らせてしまうのがとても面白いなって思ったんです。ちょうど自分用のPCを購入したばかりだったのですが、PCと繋げて曲が作れることを友達に自慢されて……。そこから一気に、自分で作ることや、音楽全体への興味が深まりました。
当時はPCも機材も発展途上だったので、購入したシンセを自分でコツコツいじっては、見よう見まねで作曲とかをしていました。でも、やっぱり素人の高校生には限界があって、それで音響関係の学校に行ってみようかなって思ったんです。
—シンセは何を購入されたんですか?
伊藤: 一番最初はローランドのJD800を買いました。当時のPCはWindows95か、XP辺りだったと思います。ただ、特にプレイヤーを目指していたわけじゃなく、独学で操作や演奏方法を学んで遊んでいただけなんです。だから、いわゆるピアニストとしての弾き方は今でもまったくできません。でも、弾けないながらもキース・エマーソンのキーボード演奏などを見て圧倒されたりしましたね。
ただ特に自分がハマったのは、プロディジーやアンダーワールドといった、UKロックのなかでも、よりテクノやダンスミュージック寄りの人たちで、あのゴリッとしたブレイクビーツ(※注2)ならではの音の感触や塊にヤラれましたね(笑)。その辺りの趣味嗜好は現在でも変わってないと思います。
※注2 ブレイクビーツ
サンプリングされたドラムフレーズをシーケンサーと呼ばれる機材で新たに組み直したリズム及び、そういったサウンドからなる音楽のジャンル。
—そういったエレクトロニックなサウンドが、伊藤さんのルーツとなっているんでしょうか?
伊藤: 小さい頃から、自宅では、両親が好きなカーペンターズとかリチャード・クレイダーマン、ポール・モーリアやオフオースといった、綺麗なメロディのポップミュージックもかかっていたので、特にダンスミュージックだけを聴いてきたってわけではないんです。ただ、今風のEDM(※注3)と呼ばれるジャンルだと、アヴィーチーやスクリレックスといった、あの辺りの固くてドシッとした音色はやっぱり好きです。
※注3 EDM
エレクトロニック・ダンス・ミュージック
自分の場合、どんなジャンルの音楽でも、土台から聴くのが好きで。具体的には、まずリズムとベースを傾聴する傾向がありますね。その辺がしっかりしていないと落ち着かない
—そういった好みやクセのようなものも、いまの仕事にも影響しているんですか?
—クリーチャーズに入社されてからは、ゲーム、WEB、CM、アプリなど、さまざまなコンテンツのサウンドクリエイトを担当されていますが、その中でも、特に印象に残っている作品は?
伊藤: 最初の頃でいうと『のののパズルちゃいリアン』(※注4)ですね。そんなに長い曲ではなかったのですが、ゲーム自体の容量が少なくて、メロディや音色などが限られた条件の中で、どうにかこうにかして出した答えが、あの独自の裏打ちからなるレゲエ調のフレーズだったんです。
そもそもゲームは、たくさんのプログラムを始めとする様々な構成要素から成り立っているもので、見方を変えれば、全体の容量の奪い合いだったりします。そういう意味では、限られた容量のなかで作り上げた当時の経験は、今でも活きています。
最近の作品ですと『aDanza(エーダンサー)』(※注5)になります。基本的にユーザーのミュージックライブラリに合わせて、各キャラクターがダンスをするアプリですが、最初のサンプルとして収録されている楽曲を担当したんです。仕様的にユーザー自身の曲を入れると、それは聴けなくなってしまうのですが……。現在はYouTubeで聴けるようですが、社長と切磋琢磨しながら作ったかいもあり、結構自分でも気に入っている曲です。
↓こちらからも試聴できます
※注4 『のののパズルちゃいリアン』
ゲームボーイアドバンス用に開発された、パネルを“の”の字に回して遊ぶ、アクションパズルゲーム。2001年に発売された「ちっちゃいエイリアン」のキャラクターが登場し、その妙に耳に残るCMソングも一部で話題となった。伊藤はサウンドチームとして、曲の制作を担当。
—では、ここで改めて、ゲーム制作における「サウンドデザイン」の位置づけを教えてください。具体的にはどのような工程を経て、ゲームサウンドとは完成していくのでしょうか?
まず、ゲーム全体のディレクターやプランナーと、“このゲームのテーマとは何なのか? それにふさわしいサウンドとは?”…といった根本的なところについてミーティングをした後に、音に関する情報収集を重ねます。
ゲーム演出の全体像を共有できたら、細かい仕様書を確認しつつ、具体的にどんな音がどれくらい必要になるかということや、サウンドチームのなかで“このシーンの効果音は誰々にお願いしよう。このシーンのこの曲は自分が担当したほうがいいだろう”…といった割り振りを含めたプランニングも行っていきます。そこからスケジュールに沿ってどんどん各音要素を作っていって、すでに上がってきたビジュアルシーンと合わせて、それを実機で確認・ディレクションし、さらに全体のバランスを整えていくっていう…。本当にそういった作業の繰り返しです。
そもそも、最初の冒頭シーンから順番通りにゲームが作られることはまずないんです。いきなりラスト近くのシーンとか、バトルシーンから作業がスタートしたりするんですけど、ゲーム演出全体を俯瞰した上で、それぞれの前後関係をスタッフ全員が理解していないと、仮にそのシーンだけを思い入れたっぷりに全開で作ってしまっても、前のシーンとの誤差が生じて、サウンドはもちろん、ゲーム演出全体がスムーズに繋がらなかったりします。サウンドチームに限らず、各担当者は自分が作っているシーンだけに目が行きがちで、作り手はついつい目の前のシーンに集中しちゃうものなので。そのようなトライ&エラーを積み重ねながらも、デザイナーとしてはなんとか完成に進めていかなければいけません。
ゲーム制作は、そのすべてが集団によるチームプレイです。根本的には個人作業だけど、最終的にはチームプレイ。僕は野球観戦が趣味なのですが、ホント野球と一緒だなぁと思うんですよ(笑)。それぞれが個としてバッターボックスに立つけれど、それと同時にチーム全員で打線を繋いでいくというか。まず最初にプログラムが実装されて、それからグラフィックができあがってくる。さらにそれがサウンドにバックされるわけですから。
—伊藤さんが所属されているサウンドチームは、野球の打線で例えると何番バッターになるんですか?
伊藤: ゲーム制作における最後の工程がサウンドですからね。どんなにグラフィックやムービーが遅れても、サウンドで納期を間に合わせることを考えなければならない。結局、帳尻を合わせているのはウチなんですよ(笑)。野球だったら…2番か8番といったところでしょうか。
ただ個人的にはキライじゃないです。ときに打線を繋いだり、自分が犠牲になったり、たとえ地味な仕事でも、それがチーム全体に貢献しているならいいかなと思っています。それこそ作家さんやクリエイターさんたちは、我が強くても良いと思うんです。けど我々サウンドデザイナーは一匹狼ではやっていけませんし、そもそもそういう仕事ではない。作るだけではなく、周りとの調整も必要なポジションだと思うんです。
ただし開発終盤は各部署との戦いですね(笑)。他のチームがクオリティをアップしたいがために何かを変えると、こっちもそれに合わせて対応を変更しなくてはならなくなります。しかしやらないわけにはいかないのでどう折り合いをつけるか。戦いは激化します(笑)
—苦労の多いポジションなんですね。
しかし、当然チームなので戦いばかりではありませんよ(笑)。たとえば、いわば最初のユーザーでもある他部署のスタッフに、“音いいですね”って言ってもらえることは本当に嬉しいです。もちろん事前にさんざんすり合わせはしているんですが、いざ音をアップしても、やっぱり最終的に実機で実際にプレイしなければ判断できない面も多々あります。“この動きのタイミングでこの音が入ると気持ちいい”とか、スタッフ全体で感覚を共有できると安心できますね。今でも音を上げるまでは本当に不安ですから。
作業の中間報告では確認しているんですけど、実際に実機でテストしてみると、“予想よりこの音色は強かったかな…?”ってなるケースもある。だからこそ、サウンドチーム以外のスタッフに“よかった”って言ってもらえると、“よし、ブレてないな”って(笑)。自分だけが良いと思うモノにはあまり意味がないと思っています。
—クリエイターとしての自己満足だけでは、サウンドをデザインしたとは言えないということでしょうか?
伊藤: 作業領域が特化された優秀なクリエイターさんだったら、それこそ自分のスキルとセンスを駆使して、依頼された単体の曲やSEに集中する必要があると思います。
でも、ゲームサウンドのデザイナーと名乗っているからには、常に作品全体のバランスを俯瞰しながら、各構成要素を調整していかなければならない。もちろんゲームのテーマも理解していなければならないし、ストーリーの流れも意識しなければならない。演出的にどこが一番盛り上がるのか、その最大値も共有しておかなければならない。そういったゲーム全体に関わることを、すべてサウンドに置き換えてデザインをすることが、サウンドデザイナーの仕事だと僕自身は思っています。
インタビュー:助川貴
後編へ続きます。
伊藤 歩(いとうあゆむ)
1980年5月4日生まれ。千葉県船橋市出身。現在は株式会社クリーチャーズの開発3部サウンドチームに所属。サウンドクリエイターとしてゲームサウンドの制作にあたり、現在はチームのマネージャー及びサウンドデザイナーを担う。直近ではニンテンドー3DSソフト「名探偵ピカチュウ ~新コンビ誕生~」の開発に携わる。音楽系の短大の音楽情報学科を卒業後、結婚式場の披露宴の音響仕事を経て、2004年にクリーチャーズへ入社。趣味は野球観戦と旅行。大のヤクルトファンとして、試合自体を観戦するのと同時に、観客の歓声、ウグイス嬢のアナウンス、応援団のトランペットの音色…etc.など、神宮球場全体が生み出すサウンドを全身で体感できるのが、野球観戦にハマったきっかけとのこと。